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zoom RSS 野田市物語・醤油醸造の文化遺産めぐり

<<   作成日時 : 2016/12/24 13:34   >>

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千葉テレビ・房総プロムナード「〜水と緑に満ちたまち・野田市さわやか散歩道〜」が放映された。

野田市は、利根川と江戸川と利根運河が流れる水と緑に恵まれた地域。醤油醸造業(全国シェアー28%)を中心に文化と歴史が豊かに発展してきた・・・・と紹介された。


野田市駅(スタート)→もの知りしょうゆ館→キッコーマン本社→興風会館→野田醤油発祥地の碑→上花輪歴史館→桝田家住宅→野田市市民会館と郷土博物館→キノエネ醤油梶ィ愛宕神社と西光院→愛宕駅(終点)

茂木家・高梨家・堀切家など醸造8家が大同団結・合併して「野田醤油梶vが設立された。業界最大手のキッコーマン鰍フ創業の地・醤油醸造の文化遺産を辿る。

野田市駅 
野田線は醤油輸送を目的として作られた。駅舎の周囲は醤油醸造プラントや輸送施設などに囲まれている。
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  レトロ雰囲気の駅舎:1911(昭和4年)建築、昭和61年全面改装し今も昔の面影が残る・・・と言う。

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 駅前ロータリーの向かいにはキッコーマン野田工場の巨大プラントが見える。駅から徒歩3分・・・・近くにその入門ゲートもあり、野田市全体が工場町の雰囲気。


もの知りしょうゆ館 駅から徒歩3分(キッコーマン・むらさきの里)
醤油ができるまでの工程や歴史を映像やパネルを使って解説してくれる。
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            入り口

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     館内エントランス:入場無料!受付で「しぼりたて生しょうゆ」のプレゼントまでしてもらった。

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            製品の歴史

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            見学コース入り口:400年の醤油の歴史と現在の製造工程を学ぶ。

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            土人形で「野田醤油醸造の図」(明治10年の第一回内国勧業博覧会)

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            館内の庭園:さすがゆとりのキッコーマン、見学コースの広さに驚いた。

御用蔵 明治41年御用を拝命した”宮内庁に納めるしょうゆ”を専用に造る醸造所。「近代化産業遺産」指定。
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 5年前(平成23年)に江戸川沿いから、ここ「もの知りしょうゆ館」脇に殆どそっくりそのまま移築された。江戸時代からのおいしさを守る醤油醸造技術が継承され守られてきた・・・・と。

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              原料処理装置(御用蔵内):大豆を蒸し、小麦を炒る工程の装置

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 仕込室(御用蔵内):杉の木桶にもろみを入れ、自然の気候の中で1年間かけて発酵・熟成させる。


キッコーマン本社
売上高4.080億円、従業員数5.900人強、グループ会社70社を数えるとのこと。
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  近代的な野田本社ビル、広い前庭は閑散としている・・・・・東京本社の方が賑わっているのだろう。

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         茂木七左衛門邸:本社の裏側に、広大な屋敷が黒壁塀やレンガ塀に囲まれていた。


興風会館 1929(昭和4年)竣工の4階建てレトロな洋館、本社ビルに隣接している。「近代化産業遺産」指定。
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 会館全景:当時は野田醤油の社会教育事業推進の拠点だった。興風=「一般庶民が風を興し町を作る」。野田労働争議・大ストライキ和解の年(昭和3年に建設されたとか・・・・。

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             大講堂:他に小講堂、地下ギャラリー、集会所などを備えている。


野田醤油発祥地の碑 (史跡由緒)=室町時代の永禄年間に、野田醤油が始めて醸造された場所、醸造業の飯田家亀屋敷工場跡地にある。
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 関東では銚子や野田で「こいくち醤油」、関西では兵庫県たつので「うすぐち醤油」が開発された。
醤油の製造は1560年ごろで、近代の醤油づくり商品化は1660年ごろらしい。



上花輪歴史館(高梨氏庭園)「国の名勝指定」
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 入り口の冠木門:12月からの冬季期間は休業中・・・・庭園は紅葉の時期が一番見ごろの様子。
キッコーマン創業者一族・高梨家の居宅だった。広大な庭園、座敷・土蔵・神楽殿があり、醤油醸造の道具類も展示されている。屋敷の中に構堀を開削し、江戸川に直結の船着場も設けている。

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 レンガ蔵(キッコーマンの野田工場):歴史館の真向かいにあるレンガ造りの工場。敷地内の庭園は、春・菜の花園、秋・コスモス園にも変わる。



桝田仁左衛門家住宅 明治4年建築、桝田家は江戸川下河岸の船積問屋として栄えた。
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 桝田家前の江戸川堤防:当時はこんな堤防土手は無かったが、ここが蒸気船「通運丸」の発着所。ここから江戸川を下って、諸物資が江戸の町へ輸送された。

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  土手から見た桝田家邸宅:周囲に人家はなく、堤防下にポツンと一軒家があり、現在も居住中。

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  桝田家の正面:1階は帳場、2階は船宿だった。家の手前の「洪水除けレンガ塀」が残っている。



野田市市民会館(旧茂木邸宅跡)と野田市郷土博物館
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              正面入り口通用門:土塀の赤はベンガラ塗り。

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 野田市郷土博物館:1階「野田市の歴史と民族」、2階「野田の醤油づくり・・・醸造関連」が常設展示。
「キッコーマン」の語源=亀甲万=亀甲山と亀は万年・・・・・とか。

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 旧茂木邸:キッコーマン創業者の一族・茂木佐平治邸として大正末期に建てられた。お屋敷邸宅は市に寄贈されて今、市民会館となっている。

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              離れの茶室から眺める、庭園と邸宅

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              長い廊下:当時の贅を尽くしたお屋敷、10の和室があった。

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              廊下から眺める庭園:邸内も自由に見学できる。



キノエネ醤油 醤油のまち「野田」を代表する醤油醸造工場の一つ。多くの醸造業者は「キッコーマン」に集約されたが、独立路線を貫いて、唯一独立を守ってきた老舗。
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 黒塀に囲まれた醸造所:1830年創業・・・黒板塀が独立路線と醸造の歴史を偲ばせ、その心意気を引き付け、親近感を覚える。

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 本社事務所棟:明治30年築、今でも事務所として使用されており、許可を得て撮影させていただいた。


愛宕神社と西光院
同一境内に愛宕神社と勝軍地蔵尊殿と西光院が同居し、神仏習合を見る。
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 愛宕神社本殿:923年創建の歴史を感じる野田市の総鎮守。京都愛宕神社の分霊で防火の神様。

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 本殿の彫刻「囲碁」彫刻:社殿の壁や柱のいたる所に「相撲」・「魚取り」・「獅子舞」など、精巧な透かし堀彫刻が施されている。

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             西光院全景:愛宕神社に隣接しているのが珍しい。

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 西光院「勝軍地蔵尊」:ここで祈れば戦に勝つという地蔵・・・鎌倉時代以降武家に信仰され、あちこちにあるらしいが初めて出合った。初代茂木さんの建立。


愛宕駅 愛宕神社から徒歩3分。
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 駅舎:東武野田線は愛称「東武アーバンパークライン」として、埼玉県大宮駅→柏駅→千葉県船橋駅の35駅・全長63km。1昭和5年に全線開通。1911(明治44年)当初は野田→柏間で醤油を運ぶ貨物輸送線だった・・・と。



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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
野田醤油の関係のお話でした、関西は薄口しょうゆが主流
夫婦二人で「風邪ひきの競演で....」くしゃみ、鼻水発熱は
大分収まったが正月までには何とかしないと...と格闘しています
今日はクリスマス、いよいよ年末が迫っています、
暖かいと思ったら、寒さが迫り、一体如何すれば体調管理は?
丹後さんの詳細はその後無しだ、気にした居るのだが...
糸魚川の大火、世界各地のテロ、世界は狭く変動を続ける。
島の悠さん
2016/12/24 15:50

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