リタイア後の悠々スローライフ

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zoom RSS 河津桜まつりと下田市観光めぐり

<<   作成日時 : 2016/02/27 13:41   >>

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23〜24日一泊二日で家内と一緒に、「河津桜見物」を主目的に伊豆半島をぐるり観光ドライブ旅行、途中「三嶋大社」や「韮山反射炉」に立ち寄り、二日目は開国の歴史町「下田市観光」を巡ってきた。
早朝6時出発・翌日18時帰着・車総走行距離500km・23.000歩、春がそこまでやってきていた。


三嶋大社 
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            正面鳥居:伊豆地方の玄関口に位置し、国道1号線に面してる。

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            本殿・拝殿:東海随一の神格・伊豆国総社。源頼朝に深く崇敬された。

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「三嶋神社の金木犀」(国の天然記念物):樹齢1200年、樹勢尚旺盛!の御神木で「日本一のキンモクセイ」


韮山反射炉  昨年、「明治日本の産業革命」世界遺産に登録され一躍有名になった。観光バスも多い。
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  反射炉:レンガ積の煙突は高さ16m、熱をアーチ型の天井に反射させて鉄の溶解温度1700℃を得る。

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ポンドカノン砲:砲の重さは3.5トン、江戸湾防備のためこのような鉄製大砲を量産し品川台場に配備した。ここの製造工場で大小の大砲数百門が鋳造された。



河津桜まつり
河津桜は大島桜とカンヒサクラの自然交配種で開花が早い。
2月10日〜3月10日のさくら祭り期間中、約80万人が訪れるとのこと。
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全景:川と青空とサクラ・・・・絶景。ちょうど見ごろの満開、今年は例年より約1週間早い開花だったとのこと。

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満開の見物客:先週末の土日は5万人の人出で埋まったらしい。露店も大繁盛・・・50店位が並んでおり、あんドーナツとコロッケが昼食ランチとなった。

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     来宮橋からの眺望:サクラ並木約4kmが続き、この間にある5つの橋を出たり渡ったりする。

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               河原からの眺望

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名木「音蔵の桜」・・・この他に、固有名詞の付いた銘木サクラが10本以上あり、夕方からライトアップされる。

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河津桜原木:飯田さんは60年前、河津川沿いで桜苗を見つけ自宅の庭先に植え、10年後咲き始めたらそれは新種の桜だった。「カワヅサクラ」と命名されたこの桜が増殖され現在町内に8.000本となった。

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               菜の花と満開桜と青空


下田港
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        早朝の下田港全景(ホテル部屋よりの眺望):この湾に黒船がやってきた!

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              下田市街(下田公園展望台よりの眺望)



「開国の歴史」まちなか史跡 
下田と言えば「開国」と「黒船」、この地で1854年日米和親条約(下田条約)を締結した会場町。
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ペリー上陸の碑:記念碑の台座にはペリーの胸像が置かれ、米海軍から寄贈された錨がアクセサリーとして添えられている。ペリーは下田条約を調印した了泉寺を見ている。

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開国記念碑:ペリー提督とハリス領事のレリーフ像に、二人の言葉が刻まれてる。1854年ペリー艦隊が入港し、2年後ハリスが総領事として着任し日米友好の礎が築かれ、昭和29年開港百年を記念してこの碑が建てられた。

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了仙寺:日米下田条約の調印式が行われた寺で旅の訪問者が多い。「遊歩権」=街中を自由に歩き、下田町民との交流を認める・・・民間異文化交流が始まった場所。

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ペリー艦隊音楽隊による演奏会に一般下田町民も参加・・・当日は寺境内・周辺が人で埋まった・・・日本最初の西洋音楽コンサートでした・・・とさ。

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ペリーロード:ペリー提督が下田条約締結のために、港から了仙寺まで行進した道で約500mの小径。石畳の小道沿いに、なまこ壁や伊豆石造り家屋が並ぶ情緒溢れる景観が続く。



下岡蓮杖翁之碑:日本写真文化・商業写真の開祖として写真技術の草分け者だったと・・・解説。
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1823年当地生まれで米領事館に雇われ写真技術を学び、写真館「全楽堂」を開業したり、92歳まで波乱万丈の生涯を送ったとのこと。戦後間もなく「光陽堂」写真店を開業した我が親父を思い出した。


玉泉寺(国指定史跡) 
下田条約締結後、米人休息所に指定されハリス総領事が着任し、ここに初代アメリカ総領事館が置かれた。
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             本堂:境内で10人位の観光客と出会った。

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米国総領事旗揚げの地碑:玉泉寺庭前に星条旗が掲揚され、2年10ヶ月幕末開国歴史の中心舞台となった。



白浜神社 2400年もの前に創建された古くて広い境内のお宮さん
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             正面鳥居:「2400年の歴史を持つ伊豆最古の宮」とあった。

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                 拝殿

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 御神木:樹齢2000年の巨樹が御神体として2本そびえる。「薬師の柏槙」「白龍の柏槙」と名付けられていた。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
偶然とはこんな事だと思った、確か先週 BSテレビでお二人の
旅と同じコースを老妻とテレビで良い処だと話しながら見た、
河津桜と下田観光めぐり、若い時職場の旅行で行った記憶が..
40年は前の事だろう..懐かしく思い出に慕った、
右を見ても、左を見ても世の中真っ暗闇ではござんせんか..
鶴田浩二と言う歌手の名せりふです、落ち着かぬ世の中や..
中東の騒乱はこれから先どうなるのでしょう避難民の苦悩は
丹後の「マーコ」さんとは、気分転換したあの人か?
共に頑張りましょうょ..伊豆の地で(親父さん)を追憶した
良い旅でしたね...こちらは元気 
島の悠さん
2016/02/27 14:35
運行をやめ、廃止された鉄道路線「廃線」がブームだそうだ、寂しさと、また懐かしさを感じますが、丹後の二重○の加悦鉄道・・ご存知かな?、英国製の2号機関車で、山田・水戸谷・四辻・三河内・加悦駅を・・昭和の初め頃から、かつては名産品の丹後ちりめんを運び、戦争中はニッケルを鉱山から 精錬所まで運んた鉄道・・60年に廃線となりました、レールはなくなっても堅固な橋や路線はまだまだ残っていました、大江山・構内におけるニッケル運搬・構内機器整備等のほか、2号機関車を中心にいろんな機関車・鉄道保存展示施設「加悦SL広場」を常設、そして昨年は軌道敷跡をサイクリングロード「加悦岩滝自転車道線」として整備され・好評です、元気だったら走って見たいマーコです。柏悠のように、写真も入らないし、レポートにはなりませんが、丹後からの情報と致します。(左眼〜半部しか見えない黄斑変性、右眼は眼内炎で視力半分?〜何れもステロイド薬害・・苦しんでいます、また在宅酸素治療もあり動けません〜少々弱気な最近のマーコです。)
丹後・マーコ
2016/02/27 17:10

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