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zoom RSS 続「さらば鹿島鉄道・鉾田線」廃線駅舎跡めぐり そのA

<<   作成日時 : 2016/02/13 14:14   >>

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9年前に廃線となったローカル「鉾田線」の旧駅舎跡ぶらり巡り、先週に引き続き3番「東田中駅」〜8番「小川高校下車駅」までの第2弾をレポート。途中までは代替バスの専用道として整備されている。バスターミナルとして生まれ変わった駅、ひっそりそのまま朽ちた駅跡、荒れ放題で自然に返った姿・・・・など「廃線のその後」を旅した。
途中、舟塚山古墳・高浜神社・大宮神社などにも立ち寄った。

           @さらば鹿島鉄道鉾田線
           Aさよなら鹿島鉄道鉾田線


B(旧)東田中駅跡・・石岡南台駅から約1000m。
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バス停@:駐輪場等しっかり整備されてた。左側に運動公園が隣接しておりゆったり駐車OK、公園で弁当昼食。

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バス停A:利用者は通学の高校生が多いような感じ、左側一帯には立派な住宅が立ち並ぶ。以前はきっと駅前広場だったのだろう。

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周辺をウロチョロしてると、丁度石岡行きバスが走り去った。この道は自転車は勿論、歩行者も立入禁止。


舟塚山古墳(国史跡)・・・(東田中駅から約2000m)
この辺一帯は筑波の霊峰をあおぐ景勝地、5〜6世紀築造の古墳が散在している。舟塚山古墳は5世紀前半築造で全長186mは東日本では第2の規模を誇る。石岡ふるさと歴史館のご婦人に薦められた古墳に立ち寄った。
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前方部が低い前方後円墳で後円部は3段に構築されている。霞ヶ浦の海を支配した豪族の墓・・・とのこと。
丘の頂上で子供と一緒に散歩のお母さんと出会った。丘陵一帯は全面的に大好きな芝生で覆われていた。


高浜神社・・・(船塚山古墳から約500m)
ここ高浜の地は、水上交通の要地で国府の外港でもあった。鹿島神宮参拝の際にはここから舟で霞ヶ浦を渡った。悪天候の時はここで仮屋をつくって遥拝した・・・・高浜神社の起源の説明があった。
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高浜の海だったここ、今は陸化したが、国府の役人たちは春秋の入江の景色を楽しみ、夏夕の涼を求めて集った。美しい風土記時代の筑波山景観の面影がまだ残っている・・・・と説明版。



C(旧)玉里駅跡
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                バス停待合所(国道沿い)

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                バス停(電車駅の名残りは無い)

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                石岡行きバスが走り去っていった。



D(旧)新高浜駅跡
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               バス停:かっての電車ホームの跡がかすかに残っていた。



E(旧)四箇村駅跡・・バス専用道はここで終了。
石岡駅からこの駅まで5.1kmは、線路跡地に作られたバス専用道を走る。その後は鹿島鉄道に併走する国道355線を東へ走る。
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バス停:バスは左へ曲がって国道355号線に入る。真っ直ぐの線路跡は雑草に覆われ荒れ放題で立入り禁止。

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                石岡方面を見たバス専用道

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  国道へ曲がる走行バスがちょうど走行してきた:「鹿島鉄道跡地 バス専用道」の看板がある。


間違って訪ねた廃寺(常陸小川駅から約500m)
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       「円妙寺」のつもりで探して訪ねたが・・・廃寺の幽霊寺みたい!ちょっと怖かった。


大宮神社(常陸小川駅から約1000m)・・・710年ごろの創建
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            鳥居:鹿島神宮と同じ祭神を祀り、昔は「鹿島明神」と呼ばれた。

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本殿・拝殿:1684年造営。徳川光圀が巡礼時「大宮大明神」となり、明治に入って「大宮神社」と改称とのこと。



F(旧)常陸小川駅跡
前駅からは田園地帯が続き住宅は少ないので、四箇村駅からは約2kmと距離が空く。
かっての駅前広場らしき所が、駐輪場・休憩所、屋根付きバス停などきれいに整備されていた。
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       駅前ロータリー:各バス路線の停留所がきれいに整備されていた。広い駐車場もある。

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          石岡行きバス停:茨城空港(ここから約5000m)経由水戸駅バス停もある。

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   「未来につなげよう かしてつバス」幕:バス専用道だから時間通り・・・渋滞無縁・・と書いてあった。

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                  可愛らしい姿の小美玉市循環バスがやってきた。

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         バス専用道の延長かな?ロータリーに隣接して、廃線跡に整備中の道路ができていた。

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        小川高校下車駅へ途中の踏切?に線路が残り、線路内立入り禁止のロープが張られていた。


G(旧)小川高校下車駅跡
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田園の中にポツンとある可愛らしい駅舎・・何とも言えない風情がある。ホームも線路も駅小屋も荒れ果てていた・・・・鉄道好きの人には人気駅だったらしい・・・・「高校生の声」が聞こえてくる。

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            「未来へ走れ・かしてつ!」ホームの壁面にペイント書きが残っていた。


小川高校は、沿線中学校や高校の生徒会で組織する「鉄道廃止反対=かしてつ応援団」の中核となって運動展開したらしい。
鹿島鉄道の後を追うように6年後の平成25年3月閉校となり、約30年で幕を閉じた。今はロケ地としても人気があるらしい(学校は国道を渡った直ぐの高台にあった)。


保存車両キハ430型
近くの小川病院がこの車両を買い取り、介護施設内にきれいに保存、定年後第二の人生を送っていた。
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昭和32年製造、東急電鉄→富山加越能鉄道で運行され→平成19年3月まで「鹿島鉄道」で運行していた。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★編集後記★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
松山英樹:ついにやったぞ〜「フェニックスOPで優勝」=底力と粘り強さが付いてきた・・・うれしかった!
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
鉄道跡をバス専用道路として活用の様子を見た、
土地が余りすぎてもてあましている感じ...
幽霊寺に迷い込んだ乗用車を見ました..のんびりとした田舎道を
昔、鉄道が通っていた、専用バス道路と住宅地に変わって行った
土地周辺との想像をめぐらす、
本格的な春の訪れは…何日頃になるのでしょう。
気温の変化が大きい、インフルが今頃に流行っている
コメントを前回パスした、丹後さんはどうしているかな?
島の悠さん
2016/02/13 15:31

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